高尾山の生物多様性

春は様々な樹木の芽吹きで山はパステルカラー。ニリンソウなどたくさんの花が咲き乱れ夢のよう。

夏はキラキラ光る木漏れ日、頬を撫でながら通りぬける涼風、水面にはカワトンボ達が舞い、カジカガエルの美声が谷に響く。

秋は木々が赤や黄色に装い、リスたちが木の実を集め駆け回る。

冬は、サワガニたちが落葉の下で寒さをしのぎ、葉を落とした木々の梢に冬鳥たちが群れをなす。

高尾山は、新宿からたった1時間なのに、東京都とは思えない豊かな自然と出会える場所です。

高さはたった599m、スカイツリーよりも低い山。

今や海外からの観光客も増加し、年間約300万人という世界で一番登山客が多い山。

でも、この東京の西の端っこにあるちいさな、ちいさな山は、実はとんでもなく生物多様性が豊かな山です。

植物種は1321種で植物の種類の多さは日本一、高尾で発見された植物も多数あります。

昆虫は約5000種、京都の貴船、大阪の箕面と並んで日本三大生息地の一つ。

鳥類は日本に暮らす野鳥(水鳥も渡り鳥も含めて)の40%にあたる約160種と出会うことができ、哺乳類は高尾山で人気者のムササビなど25種。

さらに両生類、菌類なども含めると膨大な命が、この小さな山で暮らしています。

山が低くて小さいため、狭いエリアに命がひしめきあっているのです。

人がたくさん入る山は、自然がどんどん壊されていくのが世の常。

もちろん高尾山も例外ではなく、かつての植物が1500種以上という頃に比べると200種をこえる植物が姿を消してしまいました。

それでも、まだこれだけの豊かさを維持することができているのはなぜでしょうか?

ひとつは、東日本と西日本の植物の境界に位置しているという地理的条件です。ケーブルの山頂駅から山頂に到る道の北側は、東日本の植物がメインでブナ、コナラ、ケヤキなどの広葉落葉樹、南側には西日本の植物であるシイ、カシ類などの照葉樹が多く見られます。さらに、モミやマツなどの針葉樹林、アブラチャンやオニグルミなどの渓谷林が混在し、生態系そのものが多様です。

もうひとつの理由は、水の循環に恵まれた山であること。

高尾山はかつて海の底でした。1億年前に一気に立ち上がってできた地層は、小仏層と呼ばれ、垂直に立ち上がっています。高尾山を輪切りにすると地層は、70度~80度と垂直にちかく、粘板岩、砂岩、礫岩が交互に縦に並んでいます。

この地層と地層の間には、水道(みずみち)と呼ばれるすきまがあります。

雨が降ると、土にしみ込んだ水たちは、この縦になった水道を通って山のおなかの中を循環します。厳冬期になると、水道を通っている水たちは、凍って膨張し岩を砕く凍結破砕という現象を起します。この現象によって水道は広がり、さらに多くの水を循環させます。

高尾山のおなかの中は、まるで血管のように水道がはりめぐらされ、いつもたっぷりと水を含んでいます。

そして雨水は、15年たって湧き水となり、大気ともう一度出会い、靄や雲となって天に戻り、再び雨となって高尾山の森に降り注ぐのです。

この水の豊かさが、高尾山の多様な命をつなぎ、生かしてくれるのです。

高尾山にはブナがありますが、関東地方では標高1000m以上でないとブナは生きていけません。しかし、高尾山では標高400m地帯にブナが生息しており、植物学的に謎ですが、おそらくこの水の循環のせいだろうと言われています。

さいごのひとつが、開山から1300年、霊山として人々に敬われ、人の手によって大切に守られてきたことです。修験道の山であり、富士山を拝める山であり、天狗が棲む山。清い水や滝、巨木などカミの依り代となる自然物も豊富で、地元では「高尾山」と呼ばず親しみを込めて「おやま」と呼びます。

かつては、一本の草木も一匹の虫も殺してはならない殺生禁断の山でした。霊山であるため、都心からこれほど近いにもかかわらず、長らく開発から逃れてきたのです。

しかし、1984年以降、圏央道高尾山トンネルの事業計画が始まり、25年にわたる地元住民や「おやま」を愛する人々による反対の声は無視され、土地収用による工事強行、2011年トンネル開通、2012年供用となってしまいました。

多くの命を生かす水道が、トンネルによって切り裂かれたため、高尾山はまるで血を流すように水を流失させました。トンネル内は止水工事が施されているので気づかないかもしれませんが、今も水の流失は続いています。どの命にも恵みを与えることのないまま大量の水が集水管に集められ川に直接流されています。

昔の人々が、守ってくれたからこそ、わたしたちは今高尾山の自然を満喫することができます。1300年もの間、人と高尾山は付き合ってきましたが、たったこの30年ほどの間にその関係は残念ながら変わってしまいました。

今後、水の循環はどうなるのか、生き物たちにどのような影響が出てくるのか誰にも予想はできません。傷ついた高尾山の生物多様性に、これ以上ダメージを与えない山との付き合い方をわたしたちは学ぶ必要があります。

地理的条件、水の循環、霊山この3つの条件が、生物多様性の豊かさを創造し、高尾山を「奇跡の山」と言わしめています。

高尾山を登るだけでなく、その生物多様性に目を向けることは、山に対するわたしたちの意識を変える事につながります。「おやま」は土や木のかたまりではなく、命のかたまりだということに気付かせてくれます。

山は笑い、泣き、装い、呼吸をし、日々営み、生きています。